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「好き嫌い」こそ競争戦略だ。~一橋大学大学院 楠木建教授 特別講演 前編~

経営書としては異例の20万部を発刊した、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』。その著者が、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木 建さんです。楠木さんは、2月21日に行われた「あしたの人事クラブ」発足記念パーティーに特別講演者として登壇。「好き嫌いの復権」というテーマでお話いただいた様子について、今回から2回にわたってお届けします。

【Profile】

楠木 建(くすのき けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 1964年東京生まれ。専攻は競争戦略とイノベーション。企業が競争優位を構築する論理について研究している。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。1997年から2000年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。1994-1995年と2002年、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授を兼任。著書として『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

後編:働き方改革推進の鍵にもなる「好き嫌い」~一橋大学大学院 楠木建教授 特別講演 ~

■「競戦略」とは、Betterを目指すのではなくDifferentな存在になること。

最初に本日お伝えしたいことを簡単にご紹介させてください。

それは、いまのビジネスにおいては「良し悪し」が優先され、「好き嫌い」が劣後する傾向にありますが、『もっと好き嫌いを起点にしてもいいんじゃないか』ということです。

好き嫌いは、良し悪しとは違います。良し悪しも好き嫌いもどちらも価値観ですが、良し悪しは、社会的にコンセンサスがとれている普遍的な価値基準のことを指します。たとえば、「嘘をついてはいけない」「時間に遅れてはいけない」などです。

一方で、好き嫌いは局所的な価値観。たとえば、天丼とかつ丼のどちらが好きか。どちらを答えても間違いではなく、それはその人に“局所化された良し悪し”と言えるかもしれません。ある会社では良しとされている行いが別の会社では良くないと言われてしまう。これも「好き嫌い」と言えるでしょう。

このことを前提に、本日は競争戦略の観点から好き嫌いの重要性を説いていきます。

では、そもそも競争戦略とは何でしょうか。競争戦略とは実は非常に単純で、「競争相手との違いをつくる」ことです。競争戦略理論をつくったマイケル・ポーターは、「違い」には2通りあると論じました。ひとつは「Operational Effectiveness(OE)」。これは“Better”という意味の違いです。つまり、“AさんよりBさんの方が速く走れる”のような、同じモノサシのなかで優劣を競い、違いを見出すやり方と言えるでしょう。

OEに対して、もうひとつの「違い」は、「Strategic Positioning(SP)」という“戦略的位置取り”です。 これは“AとBは性質が異なる”という“Different”を生みだすやり方。優劣を測るモノサシがない状態です。人にたとえるなら、男女の違い。優劣や勝ち負けで語るものではなく、違いが違いとしてあるだけですよね。

さて、今ご説明した“違いの違い”ですが、なぜ違いを区別することが大切なのでしょうか。それは、先ほどご説明した競争戦略において重要な「競争相手との違いをつくる」とは、Differentだからです。Betterかどうかは二の次。他社よりもBetterであったとしても、それは必ずしも戦略ではありません。つまり、足が速いことも大切ですが、それ以前に他の人と違うゴールに向かって走るようなDifferentの方がもっと重要なのです。

■Differentは良し悪しの尺度で測れないからこそ、内発的な好き嫌いが重要。

違いをつくるというのは、理屈的にはトレードオフをつくることです。つまり、やらないことを決めることで、自分たちの違いを明確にするということ。戦略的意思決定は「何をしないかを決めること」だと言えるでしょう。では、ここからは戦略的意思決定によって成功した企業の事例をいくつかご紹介します。

ひとつめはピジョンという哺乳瓶の会社です。世界で一番の哺乳瓶だと評判で、グローバルに展開している会社ですが、実は非常に明快な戦略をとっている会社でもあります。たとえば、生後18ヶ月(1歳半)以上向けの商品はつくらないと決めていること。なぜかといえば、18ヶ月を過ぎたころから言葉によるコミュニケーションがはじまり、育児のなかにも文化やライフスタイル・食生活といった違いが顕著になっていくから。いくらコストをかけてつくっても、相手が良いと言ってくれるかどうかが予測しづらくなってしまうそうです。ところが、18ヶ月未満なら文化的背景は関係ない。乳児にとって良いものをつくれば、世界中のどこでも売れる。グローバルに商品を提供している会社だからこその戦略的意思決定と言えるでしょう。

ふたつめにご紹介したいのは、ZARAです。ファッション業界は、もともと年に2回大きな展示会を行うのがスタンダードな流れでした。いわゆる、「春夏コレクション」「秋冬コレクション」と呼ばれているものですね。ところが、次のシーズンに売れるものを予想してつくるというこのやり方は、“当たれば大きいけれどリスクもある”もの。相手は流行でありファッションですから、仕込んだ商品が全然売れないということもしばしば起こります。ZARAの創業者であるアマンシオ・オルテガが考えたのは、そうしたファッションビジネスのスタンダードとは全く異なるものでした。それは、「はじめから売れるものしかつくらない」ということ。半年先の未来を予想しながらつくるのではなく、今まさに消費者が欲しいものをつくってお店に並べるという発想だったんです。オルテガは実現のために、短期間での企画・製造・販売を可能にする体制構築に積極投資。その結果生まれたのが、“ファストファッション”という新しいファッションカテゴリーなのでした。

ちなみに、ZARAの話をしましたので、ユニクロのことを思い浮かべた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ユニクロの場合はZARAとも全く異なるポジショニングです。ユニクロはヒートテックやウルトラライトダウンといったヒット商品を生みだしていますが、これは、ZARAとは真逆の思想で生まれたもの。たとえばヒートテックは3年もの開発期間を費やしています。時間をかけてでも絶対に勝てる商品を自分たちでつくるという考えで開発されたものなんです。ファストファッションに対して、ユニクロがライフウェアという言葉を使っているのは、この戦略の違いも起因しています。

さて、同業であるZARAとユニクロの2社を比較して申し上げたいことは何かと言えば、ZARAとユニクロは「良し悪し」で言えばどちらも良いということ。あるひとつのモノサシの上でどちらが優れているかという話ではありません。つまり、戦略的にDifferentなのです。では、どちらを選ぶかということなら、端的に言えば「好き嫌い」の問題でしょう。

つまり、戦略的意思決定は、その本質からして、「良し悪し」ではなく「好き嫌い」で判断しているということ。トレードオフの選択とはrightとwrongの選択ではありません。現実に迫られるのは、rightとrightのどちらを選ぶかでしょう。その判断に必要なのは、やはり、好きか嫌いかではないでしょうか。

いまのような成熟した経済においては、高度経済成長期のようなことは起きません。昭和の時代は、追い風を受けて進むような大きな帆船型の企業が大成してきました。しかし、今求められている経営は、自分たちのエンジンで大海に乗り出していくようなこと。ポイントは、どこに進んでいくかは自分たちで選ぶということ。それは「良し悪し」ではなく、やはり「好き嫌い」なんです。

 

「経営センス」も好き嫌いが源泉になっている。

では次に、「担当者」と「経営者」の違いをご紹介したいと思います。

担当者はその役割に特化して業務を遂行していく存在。仕事を積み重ねていくにつれ、その役割において必要なスキルが磨かれていきます。

一方で経営者とは、商売全体を丸ごと動かし成果を出すことが求められる存在。いわば「担当」がないのが経営者です。そのため、担当者がスキルによって解決しようとする問題を、経営者は商売全体の合理性を鑑みて別のアプローチで解決しようします。それが全体を相手にすることにほかならないからです。

このように、担当者と経営者はそれぞれに求められていることが「スキル」と「センス」だと対比できます。スキルとセンスは全く違うもの。スキルは、機能分業の発想があってはじめて成り立つ考え方です。たとえば、ファイナンス、マーケティング、法務など、スキル名がそのまま部署の名前となっているものもありますよね。役割を分けるからこそ、その分野に特化した力が定義できるのです。

一方で、センスはベクトルがその逆です。たとえば、「あの人はファッションセンスがある」という場合、靴下が凄いとかネクタイの結び目がキレイという話ではありませんよね。着こなしだったりトータルコーディネートだったりといった意味合いでセンスは使われます。センスは、常に全体的なことを指すものなんです。

そうした違いに注目してみると、スキルとセンスはその程度の示し方も全く異なります。スキルは英語ならTOEICの点数など、特定のモノサシで測れます。ところが、センスは「私は商売のセンスがある」と言ったところで人から信用されません。

同じように、スキルはモノサシがあるからこそ、今のスキルレベルを認識することで改善できます。練習した分だけ上達できるというのもスキルの特徴でしょう。

しかし、センスの場合は、モノサシがないからこそ自分のレベルを認識しづらく、センスがない人がやればやるほど空回りをして逆効果になることもあります。

では、センスは何が源泉になるのでしょうか。それは「良し悪し」よりもやはり「好き嫌い」なんです。「好き嫌い」が経営センスとして表れている事例を、ファッション業界における3人の経営者で比較してみましょう。

ひとりは、先ほどご紹介したユニクロの柳井さん。柳井さんは、でかい商売が好き。競争も好き。でも、雑貨は嫌い。そしてファッションが嫌い。完全に個人の好き嫌いでしかありませんが、柳井さんの好き嫌いがあったからこそ、ユニクロは先ほどのような戦略が生まれたのだと思います。

それに対して、同じアパレルでもユナイテッドアローズ創業者の重松さんは柳井さんとは真逆です。もちろんファッションが大好きで、好きなことをしてきただけだとおっしゃいます。「俺についてこい!」のようなワンマン経営を嫌っていることなども、ユナイテッドアローズの戦略には大きく影響しているでしょう。

そして3人目は、「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイの前澤さん。前澤さんは、競争が大嫌いで、とにかく自分が喜ぶことを追求してきたというユニークな方です。

さて、3人の好き嫌いをご紹介してきましたが、ここで伝えたいのは彼らの好き嫌いの違いこそ、センスだということ。それぞれに好きなことが違うので、企業の戦略にも違いが生まれています。

つまり、繰り返しになりますが、戦略的意思決定は外部からの動機付けで行われるものではなく、内発されるものです。いま一度、ご自身および自社の「好き嫌い」を大切にしてみてはいかがでしょうか。

――後編では、「働き方改革」や「ダイバーシティ&インクルージョン」といった経営・人事テーマについて、好き嫌いを軸に語っていただきました。

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